に一目ぼれ、そのまま日本に残った。後に、ネタジ・スバス・チャン ドラ・ボースのインド独立運動の日本代表として活躍する。
そのラーマ・ムールティが弟のジャヤ・セナを東京に呼び寄せたのである。 紆余曲折があり、便宜上名前をジャヤ・ムールティに改名、戦後、コーヒーと
カレーの店を東京・阿佐ヶ谷に開業。千代田区・九段に移転、現在は麹町で営業中です。 |


スパイスが手に入らない。。。。。
1950年代その頃の日本にはカレー粉と赤唐辛子しか売ってなかった。
創業者ミスタームルテイはそこで考えましたね。漢方薬屋さんに行けばと。。
思ったのでした。案の定そこは宝の山。カルダモン、クローブ、シナモン、タ ーメリック、コリアンダー。そのうえ種苗屋さんにはマスタードの種やクミン等スパイスとして使える物があったのでした。 |
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